世界を変えた高圧化学反応-ハーバー・ボッシュ法-

担当:吉田真人

概要

 みなさんは、化学合成というとどのようなことをイメージするのでしょうか。様々な化成品が化学合成によって作られているのはみなさんもよくご存じでしょう。しかし、化学合成の発展は実は身近な化成品だけでなく、人類の発展の歴史にも深くかかわってきたのです。第一回の講義では、有機化学の発展によって人類の暮らしがどのように変わったのかという観点から、これまでの有機化学の歴史をふり返ります。

 今回は、有機化学の歴史上で最も影響が大きな発明の一つである「ハーバー・ボッシュ法によるアンモニアの合成」を題材に、化学史上の発明が人類の発展に大きく寄与したことを解説します。ハーバー・ボッシュ法は窒素からアンモニアを合成する、いわば空気から肥料のもとを作る反応であり、この反応が開発されたことによって食糧の安定供給が支えられ、人口増大に伴う食糧危機が回避されました。

 また、ハーバー・ボッシュ法の化学反応を例に、化学平衡、熱化学の基本的な考え方や化学反応における触媒の役割を解説し、化学反応式をより深く読み解けるよう、わかりやすく解説します。

講義を終えて

 本講義では、①有機化学は、生活の土台部分を支えていること、②化学平衡や触媒のはたらき、③日本人化学者が活躍している最先端の研究とそのスピード感、この3点を伝えられたらと考えていました。大勢の学部生の前で講義をするというのは初めてだったので不安はありましたが、なんとかついてきてもらえる作りにできたように思います。

 

 上に挙げた目標のうち、①についてはできる限り専門的な説明を避け、気楽に聞けるように心がけました。講義後の検討会でもこの方針に一定の手ごたえを感じましたが、一方で平坦な説明が続くため、聴衆を引き付ける工夫が必要だったという指摘もあり、このあたりのバランス感覚が課題となりそうです。

 

 今回何かを「持って帰ってもらう」とすれば②の内容だったのですが、講義後のフリートークや講義後の検討会では③の部分に興味を引かれた方が多かったようで、こちらの狙いをもっと明確にしておくべきでした。②の部分がやや抽象的な話になってしまい、ハーバー・ボッシュ法という題材を生かしきれなかったのは大きな反省点です。

 

 講義全体を通して専門的な内容にほとんど踏み込んでいないのが心残りで、不満を持たれた方もかなりいたようです。次回は講義内容がもう少し専門的なものになるので、うまく噛み砕いて説明できたらなと思います。

 

なお、検討会において明確な誤り/誤解を招く表現が指摘されました。以下に訂正します。

①根粒菌を菌類と言いましたが、バクテリアあるいは微生物と言うべきでした。

②アンモニア合成は人口爆発の原因ではなく、人口増加を支える大きな要因だったというのが本意です。

アシスタントコメント

 講義の構成としては、ハーバー・ボッシュ法の歴史的経緯にはじまり、化学平衡の解説を経て、アンモニア合成をめぐる最新の研究動向の紹介する、という充実した内容で、これらのトピックをコンパクトにまとめられていた講義だった。歴史的な背景から最新の動向まで言及でき、さらに比較的身近であるため初学者の関心も引きやすいアンモニアという具体例の選択は、非常に効果的だったように思う。同じような構成を社会学でするのは恐らく困難なので(前提知識が増えて60分ではまとまらない)、そうした意味でも有機化学の特徴をうまく捉えて構成された講義だったといえるのではないか。

 

 また、化学平衡を使って化学反応をみることが有機化学の「ものの見方」であるという視点の提示も非常にわかりやすかった。院生質疑では、ここで提示された視点を活かして、化学平衡を使って反応を操作する(反応に介入する)だけでなく、反応メカニズムの発見・記述についてはどのくらい意識しているのかという旨の質問をしたが、いわゆる応用/基礎のような対概念を使った方がわかりやすかったかもしれない。質疑のやり取りもやや錯綜してしまった感があるが、howについて最初から問いを立てる場合も多い社会学に対して、化学は実験結果が得られた後でそれを解釈するためにメカニズムを考えるという順序の違いがクリアになった点は、結果的にはよかったと思う。

 

真鍋(社会学)