21世紀の化学-環境に関わる諸問題の解決に向けて-

担当:吉田真人

概要

 前回の講義では、化学の歴史上の発明が人類の発展に大きな影響を与えてきたことを説明しました。第二回目の講義となる今回は、これまでの化学が抱えていた課題を、これからの化学がどのように解決するのかについて取り上げます。現代においては、化学物質が環境や健康に与える影響や、資源の枯渇が問題とされるようになりました。その結果、ただ有用なものを作り出すだけでなく、物質の合成、使用、廃棄に至るまでの総体が周囲に及ぼす影響までを考えて合成反応をデザインしようという「グリーンケミストリー」の考え方が生まれました。今回の講義では、12箇条からなるグリーンケミストリーの理念を最先端の研究例とあわせて紹介します。

 また、前回の講義で最後に紹介した水素は環境負荷の小ささ、資源の持続可能性の点から非常に有用な物質であり、化学の立場からも水素を活用したエネルギー問題への取り組みがなされています。水素社会の実現には水素の製造、運搬・貯蔵、利用法が確立されなければなりませんが、このうち水素の製造、運搬・貯蔵について触媒を活用した最先端の研究例を紹介します。

講義を終えて

 第一回の講義ではこれまでの人類の歴史の中で化学が果たした役割を解説しましたが、第二回では、①これからの有機化学に求められる社会からの要請を知ってもらうこと、②教科書的な「お話」ではなく、大学の研究室では具体的にどんな研究が行われているのかをイメージしてもらうこと、この二点を目標としました。第一回と比べて専門的な内容が増えるため、どこまでの知識を前提とするのかについてはかなり神経を使いました。原子効率やエネルギーといった重要な概念は問題なく伝わったと感じましたが、無条件に有機化合物の構造式を出すのはよくなかったようです。フリートークでの反応を見ると、前半部分はよく伝わったようでしたが、後半の情報量が多く伝えきれなかったようです。

 二度の講義で、化学研究のスピード感をイメージしてもらう、という裏の目標を設定していました。分野が発展するスピード感というのはあまりない切り口だったかと思いますが、細かく年代を出したり、世界の研究者の熾烈な競争を見せたりといった工夫が成功したようです。

 

 講義後の検討会においては声量、話し方、スライドの作りなどの技術は概ね好評で大きな自信になりました。一方で、化学式を多用するやり方はこちらが想像していたよりも理解の妨げになるようで、化学式を別の見せ方に置き換える工夫が必要だったようです。

アシスタントコメント

 前回の「ハーバー・ボッシュ法」の講義では,アンモニア合成がなぜ重要な問題になるのかを,化学の観点からだけでなく,歴史的観点を含めたより広い視野から論じていた。今回もその手腕は健在で,特に環境問題に引きつけながら,社会的な観点と化学の観点の双方をバランスよく踏まえて講義が展開されていた。また,講義後の検討会では,終盤になされた「同じ研究をしている世界中の研究室の対立構図」についての話題が特に高く評価されていた。研究者同士の実際の「バトル風景」が立ち現れてくるような講義は受講者にとっても新鮮で,かつ次週のディスカッションにもつながるトピックだったのではないだろうか。

 

 ところで,院生質疑では,研究の倫理や方向性に関わる「指針」「ガイドライン」それ自体を,メタにかつ批判的に検討する仕組みが果たして化学者コミュニティのなかにあるのかという趣旨の問いを投げかけた。

 やや棘のある言い方をすれば,研究のある側面に関する評価基準を「外的に」与えられ,そのモノサシで測られることを無批判に受け入れるという研究姿勢で良いのか?という質問をしたつもりだ。この類の問題は,グリーンケミストリーの12箇条のような化学の分野だけでなく,さまざまな分野で生じており (詳細は省くが,もちろん私の専門分野でも生じている),異分野の比較項としてよく機能するのではないかと思われた。ただ,質問者はこの意図を十分にはうまく言語化できなかった。反省しきりである。

 しかし,その一方で,フリートークの時間に受講者の一人から「あなたたちはちゃんと考えているのか?という怒りのようなものを院生質疑から感じた。それをもっと出しても良かったのではないか」と言われた。たとえひとりだったとしても,受講者に響く質疑ができたことを素直に嬉しく感じた。

 

 総人のミカタに関わり始めて2年半。きっと私を含め院生はそれなりに成長したことだろう。それに留まらず,学部生も含め,みんなで工夫し試行錯誤しながらつくってきた学びの空間に立ち込める空気それ自体が,互いにより響き合う「良き媒質」へと変容してきているのかもしれない。

 

萩原広道(発達科学 リハビリテーション)