どこからが観光?どこまでが移動?:観光学入門

担当:谷川(観光学)

概要

"みなさん、観光好きですか? 好きですよね。

好きでなければ、このシラバスを見ようとページをクリックし、ここに移動に来ていないはずです。

 

ところで、最近観光しましたか?

――この問いに、「イエス」、つまり、「最近観光した」と思ったなら、どこに行ったのでしょうか。

この講義では、こうした素朴な観察から始めることにします。

 

「観光」は私たちの生活の中に、ありふれた形で確認することができます。フェイスブックが観光先のログと化している友人があなたにもいるでしょう。けれど、観光学において、まともに「観光」を定義しようとしている人はいないに等しいのです。

定義しているように見えても、本論に活きてこない定義を序論で申し訳程度にやっているだけというのが実情です。

 

この講義では、「観光」ということで、私たち(=当日教室にいる人たち)はどういうことを想定しているのかを考えてみましょう。

また、当日は、観光学(Tourism Studies)という複数形に込められた意味合いをシリアスに受け取ることで、まともに必要十分な観光の定義を考えるのではない仕方で、「観光」を考え、「観光学」をイメージしてみることにします。

 

嫌いというわけでもないけれど、基本的には家にいたいし、ずば抜けて観光するのが好きではないという方もいるかもしれません。というか、私がそうです。

そんな人間が、観光学のどこを面白いと思ったのかという点まで話せるといいなと思います。"

講義を終えて

観光学という分野があることに驚いた方も多かったようでした。普段来ない参加者が来てくれたことも嬉しかったです。

他の講義は2回分ある中で、1回ですべてを賄おうとした結果、やや詰め込み気味になったかもしれません。申し訳なく思う一方で、「入門」的な位置づけである限り、観光学という分野の概観と、自分独自の研究・視点の両方に言及することは避けられないことでした。今後の授業編成に宿題として残したいと思います。

 

感想を聞いていると、学問分野(Discipline)でない、観光学という学際的な分野(Studies)の特性にかかわるものが多くありました。

「学の理念的な学際性と、実態との乖離を意識しながら、冷笑的にならずに、自分はどう研究していくのか」という私個人の関心を、総合人間学部、人間・環境学研究科という「学際」を理念に掲げる環境において、実態を意識しつつどう振舞うのかという個々人の問題につなげてもらえたような気がしています。

翻って、観光学の中の私だけでなく、研究科の中の私について、改めて見つめる機会になりました。ありがとうございました。

アシスタントコメント

今回の講義では観光学という学際的な学問領域に対し、哲学の立場から検討が加えられました。観光学の研究史、観光現象の氾濫、日常性との関係、等々の検討素材を経由して、なお執拗に「観光」を〈定義すること〉にこだわった点に今回の講義者の立場がうかがえます。「観光学者は、観光の定義を(実質的に)諦めている」という現状から逃げることなく、真摯に向きあった中で生み出された貴重な成果だったと思います。これはあらゆる学際研究が抱える課題への一つの回答とも言えるでしょう。

 

さて今回は「観光の誕生はいつか」という質問を用意しました。わが国では熊野古道や観音霊場といった中世以来の「巡礼」地が知られています。時代が下って近世(江戸時代)ではいわゆるお伊勢参りが有名ですが、こちらは「巡礼」の性格とともに「観光」の性格も見いだせるようです。こうしてみた時、宗教的な意味を帯びた土地への移動や「旅」というものが、「観光」とどのような関係にあるのか、歴史的な視点からも検討することで、また次の問いに進めるように思います。

アシスタント/村上(歴史学・日本中世史)